財団法人化への足どり
 低迷からの脱却を目標に、組織の充実と資金拡充を目指して、財団法人化が図られた。
昭 和 5 7 年 
東京のホテル・ニュージャパンの火災で33人死亡、福岡発の日航機が羽田空港着陸直前、心身症機長の逆噴射が原因で海中に墜落するなどの事故で驚かされた。上越新幹線が開通し、大宮−新潟間の営業が開始された。
1・11〜15 第55回全日本学生スキー選手権大会(赤倉)
2・18〜21 第37回国体スキー大会(秋田県田沢湖町)
 健闘及ばず上位入賞は2位1、3位3で、男女総合5位、女子総合5位に終わる。
3・14〜15 第18回デモンストレーター選考会(八方尾根)
 男子 佐藤正明1位、20名認定中本県4名 女子 岡田良子1位、5名認定中本県2名
3・15 第55回全日本学生スキー選手権大会(赤倉)
 ジャンプ台の積雪ゼロのため、純飛躍・複合飛躍のみ延期して開催された。
3・26〜28 第1回ジュニアオリンピックスキー競技会(野沢温泉)始まる。
4・2〜5  第15回公認スキー学校全国大会(八方尾根)
     湯沢町スキー学校、女子自由演技1位、規定演技1位で女子総合1位となる。
6・25  理事会・評議員会(長岡市)
 役員改選により、鷲頭正美新会長に就任。
6・25  奥只見丸山スキークラブ創設(会長星研三)
7・9  事務局引継、妙高高原町公民館より小千谷市・小千谷観光開発株内に移転。
8・26 事業資金拡充のためTシャツ販売を決定。
9・22  SAJ公認上越サマージャンプ大会(上越市金谷山)
昭 和 5 8 年 
 中東、ラングーン、ロンドンなど各地で爆弾テロが続発。イランイラク戦争激化、ソ連の大韓航空機撃墜など世界は騒然として来た。 この年からアルペン部でヨーロッパ遠征合宿を実施、その費用の一部を援助することを目的にチャリティゴルフを始めた。  基礎スキー公認検定員制度が発足し、級別テストは公認検定資格を有する3名以上の検定員でなければならないことになった。本県で29名のA級検定員が誕生した。
1・15〜22 第12回インタースキー(イタリー・セクステン)
      平沢文雄(監督)、平川仁彦(コーチ)、相田芳男・佐藤正明・山田博幸・星野正晴・片山 強、参加
1・16〜20  第56回全日本学生スキー選手権大会(赤倉)
2・22〜25  第38回国体スキー大会(群馬県・草津町)
 成年男子2部ジャンプに久保田三知男が優勝したが、男女総合6位に終わる。
2・17〜27    冬季ユニバーシアード(ソフィア)に田中真一、万羽琢哉出場、リレーで5位入賞。
3・6   第1回中越学童親善クロスカントリー大会(五日町)始まる。
3・10〜13 第4回全日本基礎スキー選手権大会(岩手県・雫石町)
 男子規定1位山田博幸、女子規定1位佐藤智子、 応用1位岡田良子、総合2位岡田良子、3位佐藤智子
3・13  第1回新潟県ジュニアスキー選手権大会(池の平)始まる。
4・3  第1回オーストリー大使杯スキー大会(石打)始まる
4・6〜8  第16回公認スキー学校全国大会(岩手県雫石町)
 男子総合2位バンビ、3位浦佐。
4・26〜28    SAJB級公認第1回甲信越ブロック選抜アルペン競技会(奥只見)始まる。
5・1  越後三山八海山スキー倶楽部設立(会長南雲和雄)
10・7  県連顧問保科武雄氏逝去(上越市)
11・18〜12・5 アルペン部海外遠征合宿始まる。
11・27  SAJ基礎スキー功労指導員制度8月制定に伴い、第1回顕彰。本県関係次井 晨以下13名。
昭 和 5 9 年 
 戦後2番目の大雪で、清津峡にナダレ事故が発生した。冒険家植村直巳さんが、北米マッキンリー冬季単独登頂、下山中滑落死。NHKが衛星放送本放送を開始。 蔵王国体では、距離の成年男子3部と少年女子の3位以外上位入賞者なく、男女総合6位女子総合7位と史上最低の成績に終り、選手強化策が真剣に討議されるようになった。
1・14〜16    フィンランド アンテロ・イモネン氏クロスカントリー講習会(妙高高原町・小千谷市)
1・16〜20 第57回全日本学生スキー選手権大会(赤倉)
2・23〜26  第39回国体スキー大会(山形県蔵王)
3・10〜13  第21回全日本基礎スキー選手権大会(大鰐)
 佐藤智子女子総合3位、デモ認定男子4名、女子2名
3・15  (株)カザマスキー風間信治氏葬儀(新井市)
4・4〜7  第17回公認スキー学校全国大会(野沢温泉)
     男子総合3位石打丸山スキー学校A、女子総合3位浦佐スキー学校
4・21     第3セクターによる当間高原開発株式会社設立、当間スキー場の開発始まる。
5・25 県体協理事会で58年度県体協表彰者を決定
     体育功労者 平川警吉、優秀指導者 片山秀男、前山敏男。
5・      古志高原スキークラブ創設(当初は竹沢スキークラブとして発足、平成6年に改称)
6・27  理事会・評議員会(小千谷市) 役員改選により新会長に次井 晨を選出。60年11月を目途に県連の財団法人化を進めることになった。
    
10・8  常任理事会(妙高高原町)
     66年国体スキー大会の誘致に立候補を決定。同日甲信越ブロック会議で了承された。
昭 和 6 0 年 
 日航ジャンボ機が群馬県御巣鷹山中に墜落 520人死亡、という事件もあったが、関越自動車道全線開通、上越新幹線上野駅乗り入れなど、スキー客誘致に明るい話題もあった。 第40回片品国体より、クロスカントリー競技にフリーテクニックが採用された。その技術革新(スケート滑走)にうまく対応できたことや、チームの中に核となる選手が育ってきたこと、経験豊富なベテランの活躍と若手に対する適切なアドバイスなどがうまく噛み合って、総合成績を4年ぶり3位に躍進させた。
1・14〜18 第58回全日本学生スキー選手権大会(赤倉)
 大回転に杵淵 隆、女子10Kmに和田奈津子優勝
2・20〜23  第40回国体スキー大会(群馬県片品村)
     5Km少年女子太田美和、成年男子3部15Km滝沢芳明、成年3部久保田三知男コンバインド・純ジャンプ2冠
3・5  元アルペン部長高波隆男氏逝去
3・9〜13  第22回全日本基礎スキー選手権大会(大鰐)
 佐藤智子女子総合3位
3・20〜31  国際スキー指導者部会(ウォカティー)
 平沢文雄(監督)平川仁彦(コーチ)参加
4・2〜6  第18回公認スキー学校アニバーサリー(蔵王)
 男子団体総合1位 関温泉スキー学校。
6・5  新潟三洋電子スキー部設立、61・10・18加盟承認
6・28    59年度県体協表彰、体育功労者 霜鳥敏雄、優秀指導者 高橋誠一、竹田一雄
10・29  会長次井 晨氏文部大臣表彰祝賀会(赤倉)
11・1  八海山麓スキークラブ設立(会長青木誠)
11・23〜   日体協スポーツ指導員資格講習会(小千谷市)
 この日より小千谷・池の平・新潟で開催。合格者29名
昭 和 6 1 年 
 スペースシャトル・チャレンジャーの爆発、チェルノブイリ原発で事故発生など安全神話に陰りが見え始めた。新アマ規定「スポーツ憲章」が制定され、競技団体が認めれば広告出演、賞金、出場料もOKになった。「スキー王国再現」が連盟の合言葉になり、競技力の向上を目指して真剣に活動が展開されるようになったが、そのためには先ず財政基盤を確立し、組織の整備充実を図ることが急務であるとして、連盟の財団法人化が検討され、組織を挙げての努力によりついに達成した。
1・13〜17 第59回全日本学生スキー選手権大会(赤倉)
 和田奈津子女子10Km、5Km2冠、佐藤純一30Km優勝。
2・5〜7 第23回全国中学校スキー大会を妙高高原町で開催
2・14〜15  全国身体障害者スキー大会(長岡市営スキー場)
2・20〜23  第41回国体スキー大会(北海道倶知安町)
 15Km少年男子山崎正晴、成年男子3部滝沢芳明、5Km少年女子太田美和、コンバインド成年3部久保田三知男優勝。男女総合3位を死守、女子総合準優勝。
3・5〜9  第23回全日本スキー技術選手権大会(八方尾根)
 男子金子裕之3位。
3・9〜10  第20回デモンストレーター選考会(八方尾根)
 男子3名、女子1名認定。
4・2〜6        第19回公認スキー学校アニバーサリーを上越国際で開催。男子団体総合 関温泉スキー学校5位、団体スラロームで石打後楽園スキー学校2位。
5・7  財団法人設立許可申請書を新潟県教育委員会に提出
5・28  財団法人設立5月21日許可の指令書受領
5・31 財団法人設立登記完了
6・10 財団法人設立記念祝賀会を開催(上越市)
8・31  神立高原スキークラブ(代表大森修平)創設。
9・12     上越消防スキークラブ、上越教育大学スキークラブ、神立高原スキークラブの加盟承認
9・27 県体協表彰式 
     体育功労者小林忠次、優秀指導者平井俊雄。
10・ ルミスキークラブ設立(会長園部勝)
           苗場・みつまたかぐら・三国スキー場と国土グループに所属するスキー場のスキースクール5校が集い発足。 ルミはフィンランド語の雪のこと
12・18 神立高原スキー場竣工式
昭 和 6 2 年 
 日本の主張が世界の感情論に負けて、半世紀にわたる南極捕鯨に幕が降りた。生産者米価が31年ぶりに引き下げられた。国鉄が分割民営化され、JRとしてスタートした。
1・13〜17 第60回全日本学生スキー選手権大会(赤倉)
 和田奈津子女子10Km3連覇、5Km2連覇。
1・14〜20        第13回インタースキー(カナダ・バンフ)に宮沢一英(総務)平沢文雄(総監督)平川仁彦(監督)小林平康(コーチ)参加
1・24    国体予選県選手権大会女子リレー(池の平)に町立妙高中優勝、中学生の優勝は史上初。
2・9〜13 第36回全国高校スキー大会(岩手県安代町)
        県勢は4つのタイトル、16人の入賞者を数え、新聞は「質量とも史上最高」と評した。女子リレーで新井高は県勢として22年ぶりの優勝を成し遂げ、同時に女子総合優勝の快挙を果した。
2・19〜22  第42回国体スキー大会(長野県白馬村)
     15Km少年男子 渡辺博文、成年男子3部 滝沢良明、5Km少年女子 竹田寿美、コンバインド成年男子3部久保田三知男、リレー女子、少年男子に優勝。
3・16〜20 第24回全日本スキー技術選手権大会(八方尾根)
     男子総合 金子裕之3位、里吉敏章4位、女子総合佐藤智子4位。
4・3〜6     第20回公認スキー学校アニバーサリー(岩手県網張)男子団体総合妙高高原バンビSS3位
5・7  総務本部長平沢淳一郎氏逝去
5・29  県体協理事会(新潟市)
     県体協表彰 体育功労者大泉清市、優秀指導者山田靖志、優秀競技者19名を決定。
6・1  グリーンピア津南スキークラブ設立(会長沼田安司) 7・20加盟承認
6・29 越佐スキークラブ、ENJスキークラブ連盟脱会
10・11  小出町長杯コスモスジャンプ大会始まる(竣工記念)
11・4  宮尾辰男氏文部大臣表彰祝賀会(日曹)
12・5  松下電子スキークラブ(会長足立安治)の加盟承認
12・24  冬季オリンピック長野誘致会議(長野)
昭 和 6 3 年 
 青函トンネル開業し、瀬戸大橋が開通した。リクルート疑惑が話題となり、リクルート所属の選手は気の毒に、大会アナウンスで観衆の失笑を浴びた。
1・13〜17 第61回全日本学生スキー選手権大会(蔵王)
 竹田寿美女子5Km優勝
1・25〜31 第15回冬季オリンピック(カナダ・カルガリー)
     江川 淳、山崎正晴(クロカン)宮沢一英(フリースタイルコーチ)参加。
1・27〜31    FISワールドカップ・スピードスキーを上越国際にて開催。
2・22〜26  第43回国体スキー大会(岩手県安代町)
     コンバインド成年1部Bで清水久之初優勝、ジャンプ成年1部C小山英夫初優勝、男女総合4年連続の3位。
3・5  関美知代(六日町高)さん大回転練習中にコースからはずれ立木に衝突し頭部挫傷で死亡。
3・9〜15  第66回全日本選手権ノルデック(大鰐)
 太田美和女子10Km初優勝。
3・14〜18 第25回全日本スキー技術選手権大会(八方尾根)
 男子大平成年3位、女子佐藤智子2位。
3・18〜19  第21回デモンストレーター選考会(八方尾根)
 里吉敏章、大平成年、小林和仁、佐藤智子が認定。
4・3〜6  第21回公認スキー学校アニバーサリー(北海道ルスツ高原)
        男子団体総合1位石打後楽園SG、3位妙高高原バンビSS
5・8     妙高高原オールシーズンシャンツェ竣工式(通称ピリピリ山)
5・30 県体協理事会(新潟市) 体育功労者として星野 実を県体協表彰決定
7・6     妙高パインバレースキークラブ(会長田中靖喜)の加盟承認
7・ 荒川スキークラブ、新飯田スキークラブ連盟脱会
9・7  財全日本スキー連盟元会長小川勝次氏逝去
10・7  ミナミスポーツスキークラブ(新潟市)の加盟承認
11・30  常務理事会(妙高高原町)
 国体功労者(30回出場者)特別表彰伝達。宮尾辰男、畑山 匡、桐山一夫
12・2  小林忠次氏県教委表彰祝賀会(小千谷)

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